自転車(BMXレーシング)

長迫吉拓の出身高校大学や所属は?家族や経歴などプロフィールについて!

東京オリンピックの自転車(RMXレーシング)の代表に内定をした、「長迫吉拓(ながさこよしたく)」選手。

この競技の第一人者と呼ばれている選手です。

そこで今回は、「長迫吉拓」選手にスポットを当てたいと思います。

「長迫吉拓」選手の出場するBMXレーシングの特徴戦績出身高校や大学などの学歴、それに加え所属先家族構成、更に経歴などのプロフィールをご紹介します。

長迫吉拓のBMXレーシングの特徴

「長迫吉拓」選手の出場するBMXレーシングの特徴をご紹介します。

 

BMXレーシングとは、オートバイのモトクロスの影響を受け、アメリカで誕生をし、ヨーロッパを中心に人気となった競技です。

2008年に開催された北京オリンピックから正式種目になりました。

コーナーやジャンプ台がある400mほどのコースを、最大8人の選手で走って競う「自転車版モトクロス」です。

大きく起伏のあるコースを高々とジャンプを何度も繰り返し、いくつかの傾斜がついたコーナーを抜けフィニッシュを目指します。

最高速度は60㎞も出るそうで、8mものスタート台からスタートをする為、たったの3漕ぎ2秒で時速50㎞も出るそうです。

最大8人もの選手が、コース上で高いジャンプなどを繰り返し、時にはぶつかってしまう事もありますで、とても危険な競技ですが迫力満点です!

「自転車の格闘技」とも呼ばれています。

 

BMXの自転車は普通の自転車とちょっと違っており、右側のハンドルにある後輪のブレーキだけがちています。

前輪にブレーキがあると、前側のタイヤにロックがかかり前転するととても危険なのです。

また、サドルはとても低い位置にあり、基本は立ちこぎで競技をするのでサドルに座る必要が無いからです。

体重移動をさせたり、自転車を押し込んだりする事でスピードを加速させ、立ち漕ぎの技術が必要となります。

 

 

長迫吉拓の戦績

「長迫吉拓」選手の戦績をご紹介します。

 

主な戦績

2010年 5位入賞 シンガポールユースオリンピック

2011年 優勝  アジアBMX選手権大会

2011年 優勝  全日本BMX選手権大会

2012年 優勝  ジャパンシリーズ(ひたちなか・上越・秩父)

2012年 優勝  全日本BMX選手権大会

2013年 優勝  全日本BMX選手権大会

2013年 7位入賞 世界選手権

2014年 優勝  全日本BMX選手権大会

2014年 準優勝 ワールドカップ第3戦TT

2015年 優勝  全日本BMX選手権大会

2015年 準優勝 ヨーロッパ選手権

2017年 優勝  全日本BMX選手権大会

2018年 優勝  アジア競技大会

全日本BMX選手権大会では、6回も優勝を飾っています。

海外レースでも好成績を残しており、BMXの日本の第一人者としても名高いのがよくわかりますね。

 

 

長迫吉拓の学歴(出身高校・大学)

「長迫吉拓」選手の出身高校や大学などの学歴をご紹介します。

 

出身高校は調べましたが公表されていませんでした。

中退されており、18歳からはスイスに留学をされています。

スイスでMBXの世界最高峰練習施設である「UCIワールドサイクリングセンター」で実力を高めています。

ちなみに、スイス留学するには1000万円以上の費用が必要だったそうで、ご両親からの援助に加え、週に5日以上もバイトをされていたそうです。

2012年のロンドンオリンピックを目指してトレーニングをしていたものの、夢は叶わずその年の夏に帰国をされます。

遠征費などご両親にお願いするものの、バラ園の経営もありこれ以上厳しいと言われ、同時にバイト寄りの生活になっていた為、「一気にスパっとやりたかったことができなくなった感じ」と、競技に集中する事ができなくなりました。

そこでスポンサー探しの為に自身のPR資料を作成し、自ら400社以上も営業に行っていたそうです。

その結果、地元岡山の企業が自身のスポンサーについてくれ、スポンサーのおかげで海外遠征に行けたり、W.C.Cを拠点としトレーニングをする事もできたそうです。

当時はとても大変だったそうで、

「朝7時頃には起きて、午前中に練習をし、昼ごはんを食べたら新しいスポンサー探しの電話。また午後に練習をし、17時~22時頃までバイト、帰宅後昼に電話した会社へ企画書を送り、明日電話する相手の確認を夜中までする。それを週に6日やっていましたが、当時はそれが疲れるとは思っていなかった。500社くらいは連絡していました。」

と語られていました。

競技をする為にはかなりの資金が必要となりますので、その為に自ら動いて資金を調達していたとは、10代にしてとても努力をされたようです。

大学へは進学をせず、競技に集中をされています。

 

 

長迫吉拓の所属

「長迫吉拓」選手の所属先をご紹介します。

 

長迫吉拓選手は、Dream Seekerに所属をされています。

Dream Seekerとは、2016年2月に創設された、競輪界を始めとする日本自転車界で活躍をするトップ選手が集結し、自転車競技のプロチームです。

2020年東京オリンピックの目指し、選手たちの経験などを共有して育成強化を目指しています。

競輪選手である新田祐大(にったゆうだい)選手が創設者で、自身も競輪選手として活躍をされています。

 

 

長迫吉拓の家族

「長迫吉拓」選手の家族構成についてご紹介します。

 

父親は、「長迫有二(ゆうじ)」さんです。

母親は、「長迫貴恵(たかえ)」さんです。

ご両親は笠岡湾干拓地内にて、バラ園「長迫バラ園」を経営されています。

父・有二さんは元々大手企業でサラリーマンとしてお勤めだったそうですが、40歳前に脱サラをして、夢であった農業に挑戦され経営を始めたそうです。

 

ご兄弟はお姉さんの「萌子(もえこ)」さんがいらっしゃいます。

 

 

長迫吉拓のプロフィールと経歴

「長迫吉拓」選手のプロフィールと経歴をご紹介します。

 

名前 長迫吉拓(ながさこよしたく)

生年月日 1993年9月16日

年齢 26歳(2020年8月現在)

出身地 岡山県笠岡市

身長 173㎝

体重 72㎏

幼い頃より、実家のすぐ目の前に日本で数少ない市営のBMX自転車競技場、「かさおか太陽の広場」があり、その影響で4歳の頃よりBMXに乗り始め、5歳の頃には地元のレースに参加をしていました。

始めた頃はやっと自転車が補助輪無しでも乗れた頃だったそうで、父が仕事が忙しく「お前、あそこで遊んでこい」とかさおか太陽の広場で遊んでくるよう言われ、それがきっかけで自転車競技を始めたそうです。

練習は、実家が経営をする「長迫バラ園」の空き地に、3年かけて造られたコースでされていたそうです。

 

9歳の2004年には世界選手権日本代表にも選出をされ、初海外レースを経験しています。

2016年にはリオデジャネイロオリンピックに出場も果たしましたが、レースでは相手選手のミスに巻き込まれる形となり実力を発揮する事ができず、準々決勝を敗退してしまいました。

これまでの好成績が評価され、2021年東京オリンピックのBMXレーシング代表が内定をしています。

 

 

終わりに

今回は、長迫吉拓選手についてご紹介しました。

ぜひ、リオオリンピックの悔しい思いをバネに、2021年東京オリンピックで活躍してもらいたいですね!

 

 

COMMENT

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です