フェンシング

西藤俊哉(フェンシング)の特徴や戦績は?高校大学やプロフィールについて!

日本のフェンシング界において注目選手の1人である西藤俊哉選手。
フェンシングのフルーレ種目におけるメダル獲得の有力候補の1人と言われています。

そこで今回は西藤俊哉選手の特徴や戦績、さらに出身高校や大学などのプロフィールについて調査しました。

それでは詳しく見ていきましょう。

西藤俊哉のフェンシングの種目

フェンシングには、フルーレ、エペ、サーブルの3種目が存在します。

上述の通り、西藤俊哉選手はフルーレ種目の選手です。

フルーレは、かつて太田雄輝選手(現在日本フェンシング協会会長)が北京五輪において個人銀メダル、太田雄輝選手を含めた日本代表がロンドン五輪において団体銀メダルを獲得した種目です。

このフルーレは、有効面(相手を突くことで得点を得られる体の部位)が胴体だけと他の2種目と比べて最も狭く、非常に繊細さが求められる種目です。

また、攻撃権という同時に相手を突いたときにポイント獲得の優先権が判定される複雑なルールが存在し、攻撃権の奪い合いのなかで繰り出される選手同士の華麗な突きがこの種目の魅力と言えるでしょう。

また、フルーレは日本国内で競技人口が最も多く競争率も非常に高くなっています。

フルーレは、日本のフェンシング界で一度メダルを獲得したことのある唯一の種目だけに今後も期待される種目となりそうです。

西藤俊哉の特徴

そんな競合ひしめく日本のフルーレ界でトップを走り続ける西藤選手の特徴は、長年の経験で培われたフットワークを駆使した勢いのある攻撃力と言えるでしょう。

その特徴が最も出ている試合の一つが2017年世界選手権のこの動画です。

細かいステップを重ねる中で、スキを突いた西藤選手の攻撃が相手よりも一瞬速いため、審判も西藤選手の攻撃が有効であるとジャッジをしていることが分かります。

イタリア代表の相手選手自身も、西藤選手よりも自分が先行して攻撃をしていると思ってしまうほど、西藤選手のスピードは、相手選手自身の自覚さえない一瞬のスキを狙っているということです。

動画の6分くらいですが、相手選手も自分の方が早かったと抗議しているところなどが象徴的ですね。

西藤俊哉の戦績

西藤選手は、かつて2017年の世界選手権で銀メダルを獲得しています。

フルーレ種目での世界選手権メダル獲得は太田雄輝選手の過去大会での金メダルに次ぐ歴代2位の記録となっています。

また、同年の全日本選手権において初優勝を果たしています。

数年前ではありますが記録、実力ともに世界トップクラス、そして日本No1の地位に立っていたと言えるでしょう。

その後は世界選手権でメダルクラスの戦績を出せておりませんが、ポテンシャルを秘めていることは間違いありません。

それだけに、2020年の東京大会で五輪初出場とメダル獲得には期待が集まっております。

西藤俊哉の学歴(高校,大学)

西藤俊哉選手の出身高校と大学は下記の通りです。

  • 高校:帝京高校
  • 大学:法政大学

法政大学はフェンシングの名門校になります。

フェンシングに集中できる環境ということで、法政大学を選んだのでしょうね。

さらにフェンシングに集中するため、大学を休学していたようです。

東京オリンピックに向けてというのがあったのかもしれません。

ただ、2020年東京五輪が新型コロナウイルスの影響で延期となったことをきっかけに法政大学へ復学しているようです。

西藤俊哉選手は「学べる時に学んでおきたい」ととてもポジティブに現在の状況をとらえているようです。

西藤俊哉のプロフィールと経歴

 

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  • 名前:西藤俊哉(さいとうとしや)
  • 年齢:23歳(2020年7月現在)
  • 生年月日:1997年5月29日)
  • 身長:178cm
  • 体重:75kg
  • 出身:長野県
  • 所属:長野クラブ

 

西藤俊哉選手フェンシングを始めたきっかけは、元フェンシング選手であったお父さんが地元の長野県箕輪町でフェンシングクラブを立ち上げたことです。

初めて剣を握ったその当時、西藤選手はまだ5歳でしたが、自らフェンシングをやりたいと言い出したそうです。

5歳の時点でどこまでのことを考えていたかは分かりませんが、自分の進むべき道という風に思ったのかもしれません。

その後お父さんの指導の下で少しずつ実力を伸ばし続けていた西藤選手に衝撃の出会いが訪れます。

それが小学校3年生当時の太田雄貴選手との出会いでした。

京都で開かれた全国大会のイベントで上位の小学生と太田雄貴選手が対戦するという内容のものでした。
西藤選手は当時小学生ですから太田雄貴選手とは実力差があって当然なのですが、太田雄輝選手はなんと全く手を抜かずに試合を挑んできました。

当然ながら西藤選手は当時負けてしまったのですが、悔しさと同時に太田雄貴選手への憧れが生まれ、自分自身もオリンピックに出たいと思うようになりました。

小学生相手でも本気でぶつかる太田雄貴選手のアスリートぶりに小学生が胸打たれて自分自身もオリンピックを目指すというのですからまるで少年漫画のような展開ですよね。

中学以降はさらに本格的にフェンシングに取り組むために、JOCエリートアカデミー(将来での五輪選手候補を集中的に育成するためのJOCの取り組み)に所属しながら、フェンシングが活発な東京でフェンシングを続けていました。

そして今の地位まで登り詰めました。

まさに純粋にフェンシングに挑み続けた方と言えそうです。

終わりに

西藤選手は、太田雄貴選手との出会いにより加速的にフェンシングの実力を伸ばしたことが伺えます。

このようなキーとなる人との出会いというのは本当に大事だなあと思います。

西藤選手はピーク時に比べると戦績が伸びない時期ではありますが、世界選手権で銀メダルを獲得するなど、実力は本物です。

西藤選手の東京オリンピックでの活躍を期待しましょう!

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