パラリンピック

鈴木徹(パラ陸上)のwikiプロフィールと経歴│事故や結婚の嫁妻や学歴についても!

パラリンピック陸上競技は、軽量化されたマシンのような車椅子や、関節に負担を少なく改良された義足を付ける選手など様々な選手を見ることが出来る競技です。

その中に、東京パラリンピック走り高跳び日本代表選手の「鈴木徹選手(すずきとおる)」がいます。

鈴木徹選手は2000年のシドニーパラリンピックからパラリンピックに挑戦し続け、未だメダルの獲得はありませんが、常に上位に食い込む実力者です。

今回は鈴木徹選手のプロフィール・経歴・パラリンピック選手になった背景・家族・経歴・実力などを解説していきたいと思います。

鈴木徹(パラ陸上)のwiki風プロフィールと経歴

鈴木徹選手のプロフィールと経歴をwiki風に紹介します。

  • 生年月日: 1980年5月4日
  • 身長 / 体重: 179 ㎝/ 64kg.
  • 出生地: 山梨県 山梨市
  • 所属: SMBC日興証券
  • ポジション/クラス: T64(片下腿義足)

ポジションのTはトラック競技のことです。

クラスの64とは、下肢欠損の選手が義足を使用して立位で競技を行う種目のことです。

パラリンピックの競技の多くがポジションやクラスが明記されています。

 

鈴木徹選手の過去の戦績について、国際大会から見ていきましょう。

経歴(国際大会の戦績)

■2014年

  • インチョン2014アジアパラ競技大会(韓国) 男子走り高跳び4位,男子4×100mリレー(T42-47) 1位

 

■2017年

  • 世界パラ陸上競技選手権大会(イギリス)
  • 男子走り高跳び 3位

 

■2019年
世界パラ陸上競技選手権大会(UAE)
男子走り高跳び(T44/64) 3位

走り高跳びだけでなく、100mリレーにも国際大会で出場していますね。

走り高跳びと100m走については「瞬発力」という点で共通してそうです。

いずれにしても、鈴木徹選手のスポーツマンとしてのポテンシャルの高さの表れでしょう。

 

また、鈴木徹選手は過去に多くのパラリンピックに出場を果たしているベテラン選手ですのでパラリンピックの戦績も見てみましょう。

経歴(パラリンピック戦績)
2000年 シドニーパラリンピック
男子走り高跳び(F44) 6位

2004年アテネパラリンピック
男子走り高跳び(F44-46) 6位

2008年北京パラリンピック
男子走り高跳び(F44-46) 5位

2012年ロンドンパラリンピック
男子走り高跳び(F46) 4位
男子4×100mリレー(T42-46) 4位

2016年リオパラリンピック
男子走り高跳び(T44) 4位

パラリンピックの初出場は、今から20年前のシドニーパラリンピックです。

そこから、途切れることなくパラリンピック出場を果たしていますね。

しっかりと精神のコントロール体力維持などを行っているのが見えますね。

2008年の北京パラリンピックでは、日本選手団の旗手を務めています

旗手を任せられるということは、多くの方から信頼や支持されているということですね。

一方で、2011年頃より芸能事務所レプロエンタテインメントとマネジメント契約を結んでいます。

日本人初の義足のプロアスリートとして、小学校から企業の講演会などを開催しており、多方面で活躍されております。

 

鈴木徹(パラ陸上)の事故について

鈴木選手の事故について解説します。

鈴木選手は「交通事故」によって、義足になりました

高校までハンドボールを行っており、国体で山梨県代表として3位に入賞するなど将来有望な選手でした。

しかし、高校の卒業式1週間前に自身が運転していた車で事故に遭いました。

居眠り運転をし、ガードレールに突っ込む事故だったそうです。

この事故により右の膝下15㎝を失いました。

車という乗り物が一歩間違えると本当に危険な乗り物であるということを改めて考えさせられますね。

 

鈴木徹(パラ陸上)の結婚の嫁妻や子供は?

鈴木選手のご家族についてです。

鈴木選手の奥様と2人の小学生の息子さんがいます。

20年近く、世界の一線で活躍するアスリートの妻は、体調管理も大変だと思いますが、何より鈴木選手のことを信じて支えているのかなと思います。

奥様の職業は「看護師」で、鈴木選手が入院した病院に勤めていたそうです。

関係を築いたのは退院後と鈴木選手は、インタビューに答えていますが、入院中のリハビリを頑張る姿から、きっと尊敬する心が愛情へと変化したのかもしれませんね。

そんなお父さんをみて育つ息子さんもお父さんのひたむきに競技と向き合う姿勢は、誇りですよね。

そして何より「家族がいる」というのが鈴木選手自身の強みだと考えられます。

下記の鈴木選手のインタビューのコメントから伺えます。

「頑張っている姿を家族に見せたいという思いでやってきた。」

出典:鈴木徹選手

とても家族を大事にしているのが伺えますね。

また、きっと家族の応援も鈴木徹選手の力の源になっていることでしょう。

 

鈴木徹の学歴(出身中学,高校,大学)

鈴木選手の学歴を紹介します。

■学歴
中学:山梨市立山梨北中学校
高校:駿台甲府高校
大学:筑波大学

中学校からではハンドボールをやっていたようです。

高校は国体にも出場する有望な選手でした。

鈴木選手はハンドボールの推薦で筑波大学の進学が決まっておりました。

そして、もちろん、ハンドボールはもちろん以前のようには中々できなくなったわけですが、筑波大学には障害を持ちながらも進学します。

大学ではハンドボールのリハビリの過程で始めた走り高跳びをします。

その高跳びにはハマり、真剣に打ち込みたいと考え、陸上部に入部しました。

本人の努力もありますが、ハンドボールから急な方向転換をした鈴木選手を受け入れるだけの筑波大学の器の広さも感じさせられますね。

素晴らしい大学なのだと想像します。

 

鈴木徹(パラ陸上)の走高跳の実力は?

競技を始めて1年余りで出場した公式戦で、1m74㎝を跳びます。

努力や周りのサポートもあったと思いますが、高校のハンドボールの国体で3位という成績から運動神経の良さも大きかったと思います。

また、2006年のジャパンパラ競技大会で日本記録を更新します。記録は「2m00cm」です。

当時、世界で2人しかいない義足での2mジャンパーになりました。

走り高跳びもハンドボールも「ジャンプ」が共通点なので、その点は高跳びに生かされているのかもしれません。

ジャンプ動作は助走の使い方が大切で、これは力ではなく、技術の要素も大きいと言われておりますが、鈴木選手の身体をバネのように使う姿は美しさすら感じますね。

リオパラリンピックでは、惜しくも4位とメダルには届きませんでした。

「メダルを視野に入れた練習と準備をする」と鈴木選手も言っています。

鈴木選手はこれまでの跳躍方法からやり方を変えたようです。

いきなりうまくいかず、記録が低迷気味のようですが、確かな手応えは感じているようです。

これだけ競技履歴が長いのに方法を変えるというのは本当に勇気がいることだったと思います。

こういった前向きで進化するという姿勢も鈴木選手の強みなのかもしれません。

「本番までに間に合うかどうかわからないが、可能性は十分にある」と鈴木選手も話しているため期待したいところですね。

 

終わりに

以下まとめです。

  • 高校までハンドボールをしており、国体で上位入賞をするなど有望な選手でしたが、交通事故で右膝下15㎝を失いました。
  • 大学ではハンドボールから方向転換して陸上の高跳びを始め、一流選手に登り詰めます。
  • 鈴木選手は東京パラリンピックの高跳びの日本代表選手で、パラリンピックは6度目の挑戦という大ベテラン選手です。メダルの獲得はこれまでに無いものの、上位をマークし続けてきており、東京オリンピックではメダル候補の一人です。
  • 鈴木選手の家族は、奥様と小学生の息子さんが2人いて、家族の存在が自身の活力になっているようです。
  • 自身をさらに進化させるために、東京オリンピック向けて跳躍方法を変えております。

 

鈴木選手はパラリンピックでメダル獲得はありませんが、メダルを獲得できるポテンシャルを持った選手です。

跳躍方法を変えたというのが1つポイントになると思います。

今後の成績にどのように表れるのか、鈴木選手のご活躍に期待しましょう!

 

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