パラリンピック

瀬立モニカはハーフ?wikiや出身中学高校や事故や父母や映画や医者についても!

パラカヌーは、2016年のリオパラリンピックで初めて実施された競技です。

女子パラカヌーカヤックの瀬立モニカ(読み方:せりゅうもにか)選手は、国内において盤石の強さを誇ります。

今回は瀬立モニカ選手のwikiや出身中学高校大学、事故についてや家族(父母兄弟姉妹)、映画やパラ後は医者になるつもりなのかについて調査したいと思います。

また、瀬立モニカ選手は、ハーフなのかについても調べていきたいと思います。

では、詳しく見ていきましょう。

瀬立モニカはハーフ?

瀬立モニカ選手は、ハーフなのでしょうか?

瀬立モニカ選手は、結論から言うと生粋の日本人です!

「モニカ」と言う名前は、お母さんが付けられたそうです。

そんな瀬立選手のお母さんは、カトリック教徒であるとか!

カトリック教徒には、クリスチャンネーム、いわゆる洗礼名というものがあるそうです。

瀬立選手のお母さんのクリスチャンネームが「モニカ」であったことから、それを付けたようです。

とても可愛らしい名前ですよね。

瀬立選手は、笑顔がとても可愛らしいので、名前ととてもマッチしていますね。

瀬立モニカのwiki風プロフィールと経歴│読み方についても

瀬立モニカ(読み方:せりゅうもにか)選手のwiki風プロフィールを見ていきましょう。

  • 氏名:瀬立モニカ(せりゅうもにか)
  • 生年月日:1997年11月17日
  • 年齢:22歳(2020年11月13日現在)
  • 身長:165cm
  • 体重:52kg
  • 血液型:調査中
  • 出身地:東京都江東区
  • 所属:江東区カヌー協会、筑波大学

瀬立モニカ選手は、身長165cmと女性としては高く、とてもアスリート向けの体型と言えますね。

アピールポイントは、ウエイトトレーニングで鍛えた肩の筋肉らしいです!

この筋肉で鍛えたパドルを操り、強いストロークでレース中盤での強さが際立ちます。

では、詳しく経歴を見ていきましょう。

瀬立モニカ選手は、東京都江東区の出身です。

江東区は、区内に隅田川と荒川が大きく走っています。

瀬立選手は、3歳から水泳をやっていたそうで、その他にもテニスや陸上、サッカーなど色々なスポーツを経験したです。

瀬立選手が、中学校に入学すると、江東区では、区内の子供達がカヌーを楽しめるようカヌー協会が設立されました。

瀬立選手は、学校のバスケ部に入ると共に、この江東区カヌー協会に所属し始め、練習を開始します。

2013年の東京国体を目指して、日々練習に励んでいたそうです。

しかし、高校に進学し、いざ東京国体に挑もうという時、体育の授業中に怪我をしてしまい、両脚が麻痺してしまいました。

絶望の淵に立たされますが、1年間決死の思いでリハビリを行い、驚くべきことに高校2年生で競技に復帰しました。

復帰以来、パラカヌーで世界に出ることを目指し始めます。

そして、なんと復帰してから競技歴1年で、イタリアで行われた世界パラカヌー選手権に初出場してしまいます。

その1年後、大学1年生の時に競技歴2年でリオパラリンピックに出場し、日本人初のパラリンピアンとなったのです。

ところが、リオでの結果は、8位とダントツのビリでした。

帰国すると、アスリートとしてもっと変わらなければならないと強く感じたそうです。

この経験によって、全ての練習の質を見直し、大学のチームメイトに刺激を貰いながら、トレーニングに励みました。

その結果、2017年チェコで開催された世界パラカヌー選手権に出場します。

その後、さらなる進化を得るため、インナーマッスルなどの強化に取組み、東京パラリンピックでメダルを獲得するためにトレーニングを積み続けました。

トレーニングの甲斐あり、2019年8月ハンガリーで行われた世界パラカヌー選手権に出場。

そこで5位という成績を出し、見事東京パラリンピックへの切符を掴んだのです。

事故が起きてから、ほんの数年で世界の舞台に立つことが出来るとは、相当の努力をしたのでしょうね。

何より、日本人初のパラリンピアンとは、本当に凄いですよね。小さい頃からの運動センスや江東区という特有の地域が強く味方したのでしょう。

近年の成績を見ていきましょう。

近年の成績
  • 2014:第1回日本パラカヌー選手権 女子 1位
  • 2015:パラカヌー海外派遣選手選考会 女子 1位
  • 2015:パラカヌー世界選手権 女子 第9位 
  • 2015:第2回日本パラカヌー選手権 女子 1位
  • 2016:リオパラリンピック 8位
  • 2016:第1回アジアパラカヌー選手権2016 女子 1位
  • 2017:カヌースプリント ワールドカップ第2戦 女子 2位 
  • 2017:カヌースプリント ワールドカップ第3戦 女子 1位
  • 2017:世界パラカヌー選手権 女子 第8位 
  • 2017:日本パラカヌー選手権 女子 1位
  • 2018:パラカヌー世界選手権 女子 7位
  • 2019:パラカヌー世界選手権 女子 5位

リオパラリンピック出場を含め、素晴らしい成績が並んでいますね。

何より、国内でのパラカヌー選手権では、常に1位と抜群の強さです。

国内のみならず、東京パラリンピックでもその強さを見せることは確実に出来るでしょう。

瀬立モニカの出身中学,高校,大学は?

瀬立モニカ選手の出身中学,高校,大学はどこなのか調査しました。

瀬立選手の出身中学校は、江東区立深川第一中学校です。

ゲストティーチャーとして来校し、講演をしたこともあるようですよ。

出身高校は、宝仙学園高等学校です。

中高一貫校ですが、高校からの入学のようですね。

かなり頭の良い学校のようで、毎年難関大学に学年の3分2以上の合格者を出しているそうですよ。

瀬立選手もかなり頭が良さそうですね!

瀬立選手の出身大学は、筑波大学で体育専門学群に所属しているようです。

言わずと知れたスポーツの名門大学です。

カヌーだけでなく、勉学にも勤しんでいる様子が分かりますね。

瀬立モニカの事故について

瀬立モニカ選手の事故について調査しました。

瀬立選手は、高校1年生の時に、体育の授業で事故に遭ったようです。

授業で倒立前転をしている時に、誤って転倒してしまい、怪我を負ったことから、そのまま入院してしまったそうです。

その後、2、3日経っても立つことが出来ず、その症状にはリハビリをしても効果が現れなかったようです。

そして、2ヶ月後診断で言い渡されたのは、脊髄損傷による体幹機能障害でした。

瀬立選手は、この障害により下半身麻痺になってしまったそうです。

2ヶ月間も症状がわからなかったとは、かなりの恐怖であったことは容易に想像出来ますね。

しかし、必死なリハビリの甲斐もあり、車いすの操作が上達してくると、母親と共に東京都北区にある障害者スポーツセンターに行きました。

そこで泳いでみたところ、すっと泳ぐ事が出来たそうです。

水泳でパラリンピック出場を目指そうとしましたが、元々やっていたカヌーもいけるのではと思ったそうです。

そして、地元江東区の支援もあり、カヌーに乗ってみたところ、上手く乗れたことからパラカヌーでパラリンピックを目指し始めました。

事故により、体幹が効かなくなったことにも負けず、進んでいけたのは、瀬立選手の強さがあったからこそでしょうね。

パラカヌーとの出会いは、地元との繋がりがあったこそなんですね。

瀬立モニカの家族(父親,母親,兄弟姉妹)

瀬立モニカ選手の家族(父親,母親,兄弟姉妹)についてみていきましょう。

瀬立選手のご両親は離婚されており、お母さんが女手一つで育て上げたそうです。

お母さんの名前は、瀬立キヌ子(せりゅうきぬこ)さん。

現役の看護師さんだそうで、病院でも人気者だそうです。

大会の会場には、いつも足を運んでおり、誰よりも声を張り上げ応援しているみたいですよ。

そんなキヌ子さんには、瀬立選手にある育て方を実践していたとか。

それは、「褒めて、すぐに次のステップに導く」というものです。

例えば、リオ大会終了後は、「頑張ったね。」、「やったね。」の言葉の後に、「次は2020年ね。」という風に、何気なく言葉掛けをして、一つ一つ階段を登らせていくというような感じらしいです。

瀬立選手の競技力の向上には、母・キヌ子さんの存在もあったのですね。

また、兄弟や姉妹についての情報は、残念ながらありませんでした。

もしいるとしたら、瀬立選手と同様にパワフルな方でしょうね。

瀬立モニカは映画に出演?

瀬立モニカ選手は、映画に出演するのでしょうか?

調べたところ、瀬立選手は、映画に出演するのではなく、瀬立選手をモデルにした「水上のフライト」という映画が2020年に公開されるようです。

主演は、女優の中条あやみさんです。

脚本を手掛ける土橋章宏さんが瀬立選手との交流を通じて作り上げたそうです。

土橋さんは、その時の瀬立選手の「ロンドンくらいから、パラリンピック選手は、スターになってるんです。」という言葉に衝撃を受けたと言います。

そして、涙だけじゃなく、見た人が元気付けられる映画が出来ると思ったそうです。

瀬立選手の存在をもっと広く周りが知ってくれることで、彼女への大きな力になるのではないでしょうか。

瀬立モニカはパラ後は医者に?

瀬立モニカ選手は、東京パラリンピック後に医者になるのでしょうか?

瀬立選手は、パラリンピック後医者になりたいと考えているようですが、医者に限らず、医療の道に進みたい気持ちがあると、電話取材で答えたそうです。

現在瀬立選手は、筑波大学の体育専門学群に在籍しています。

カヌーの練習と共に、勉学の面ではオンライン授業等を受け、単位取得が順調に進むならば、来年の秋以降に筑波大学を卒業出来るといいます。

その後に、他の大学の医学部に転入試験を受ける予定だそうです。

なんでも瀬立選手の父親は、医者であったそうです。

そして、母・キヌ子さんが看護師であることから、医療の道が身近に感じ、自然とそちらを意識するようになったのではないでしょうか。

キヌ子さんは、「結構何かやり出したら凝るタイプなので、医者には向いているかな。」と仰っているそうですよ。

パラリンピックで金メダルを獲得し、良い形で医者への一歩目を切って欲しいと思います。

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