パラリンピック

工藤俊介(テコンドー)のwikiプロフィールと経歴│結婚の妻や事故についても

パラテコンドーは、東京五輪から正式競技となりました。

日本代表の選手の中で世界と対等に渡り合う、工藤俊介選手がいます。

工藤選手は2017年からパラテコンドーを始め、2年余りで2018年の全日本選手権で優勝し、その後は世界選手権で3位に入賞するなど、急激に実力を伸ばしている選手です。

もちろん、東京オリンピックでの活躍が大いに期待できる選手です。

今回は工藤俊介の結婚(妻,嫁)や事故、学歴(出身中学,高校,大学)や家族(父親,母親,兄弟姉妹)、さらにプロフィールと経歴についてご紹介します。

工藤俊介(テコンドー)のwiki風プロフィールと経歴

工藤俊介のwikipediaがありませんので、プロフィールと経歴をwiki風で見ていきます。

 

 

  • 名前:工藤俊介(くどう しゅんすけ)
  • 生年月日:1993年10月31日
  • 年齢:27歳(2020年11月時点)
  • 身長:180cm
  • 体重:73kg
  • 血液型:A型
  • 出身地:岐阜県恵那市
  • 競技種目:テコンドー(パラ)
  • ポジション/クラス:K44(片上肢欠損など)/男子-75kg級

 

工藤俊介選手は事故により左腕を失ったため、それまでは全く障害の無い健常者でした。

スポーツが大好きで、中学は剣道とテニス、高校はバドミントンをしておりました。

高校卒業後の大学の情報は公表されておりません。(就職した年齢的に大学に進学したのはほぼ間違いないでしょう。)

就職は23歳で、食品の製造工場に勤務し、作業中に左腕を失いました。

元々健康体だっただけに、突然の出来事でショックが非常に大きかったようです。

その後、失意のどん底にありましたが、気分を変えるためにパラアスリートの発掘プロジェクトに参加し、パラテコンドーにはまりました。

こういった細かいことが大きな転機となるのですね。

パラテコンドーを始めてから急速に実力を伸ばし、拠点を岐阜県から東京に移しました。

現在は、ダイデックスに就職して週3回出勤し、週6回大東文化大テコンドー部で練習に励んでおります。

パラテコンドーとは?

“足のボクシング”とも言われているテコンドー。

ルールは健常者のテコンドーとほぼ同じで、突きや頭部へ蹴りがないところだけが違うルールです。

頭部への蹴りがないということで、高得点の獲得というのが無いため、地道にポイントを獲っていくことが求められます。

 

主な戦績は下記の通りです。

  • 2018年  9月 平成30年度下期パラテコンドー強化指定、育成指定選考会 +61kg級 優勝
    8月 2018金ウンヨンカップパラテコンドーオープン大会(韓国) K44 -75kg級優勝
    7月 2018パンナムパラテコンドーオープン大会(アメリカ合衆国) K44 -75kg級  3位
    6月 第7回ヨーロッパパラテコンドーオープン大会(ブルガリア) K44 -75kg級   3位
    1月 第11回全日本パラテコンドー選手権大会 +61kg級 優勝
  • 2019年  12月 第23回南関東テコンド選手権大会 一般の部-75㎏級 第3位
    2月 第12回全日本パラテコンドー選手権大会 +61kg級 優勝
    第8回世界パラテコンドー選手権大会 K44 -75kg級 3位
  • 2020年 2月 第13回全日本パラテコンドー選手権大会 +61㎏級 優勝(3連覇)
    1月 サンマリエカップ K44(K43) -75㎏級 優勝

株式会社ダイテックス公式HP

日本では最強で、国際大会でもメダルを獲得するなど、世界と渡り合っている選手ですね。

2020年の世界ランキングは8位というところからも実力の高さが伺えますね!

 

工藤俊介(テコンドー)の結婚の嫁妻や子供は?

工藤俊介の結婚情報は特にありません。

まだ大学に在学中なので、結婚は早いのかもしれませんね。

彼女の情報も特にありません。

恐らくパートナーは良き理解者ということになると想像しますので、同競技の方と結ばれるかもしれませんね。

アスリート同士のカップルは良く見ますもんね。

 

工藤俊介(テコンドー)の父親,母親,兄弟姉妹など家族は?

工藤俊介の家族について見てみましょう。

ほとんど情報はありませんが、父親は義晴さんです。

工藤俊介選手は内定を決めた試合では序盤は緊張で本来の力を出せずに苦戦しましたが、終盤に盛り返して逆転勝ちしました。

その試合を見た義晴さんは「勝ってくれてほっとした。」話しています。

恐らく息子の工藤俊介選手のことを心から応援しているのでしょうね。

また、工藤俊介選手も日本代表の内定が決まった後のインタビューで「恵まれた環境で育てていただき、感謝しかありません。ここは通過点。本番までにさらに練習を積み、金メダル目指して頑張ります」と話していました。

ご家族にとても感謝しているのが伝わってきます。

きっと素晴らしいご家族のサポートがあったのでしょうね。

 

工藤俊介(テコンドー)の事故について

工藤俊介選手の事故について見ていきましょう。

事故にあったのは23歳時で、就職してから半年のことでした。

食品の製造工業の作業中に事故で左腕を失うこととなりました。

事故についての詳しい情報は公開されておりません。

就職して半年ということで慣れない作業だったのかもしれません。

 

工藤俊介(テコンドー)の出身中学,高校,大学は?

中学:調査中

高校:中京学院大学附属中京高等学校(岐阜県)

大学:東京農業大学(推定)

中学校は情報がありませんでしたが、岐阜県恵那市出身ですので、そこからそう遠くないところでしょう。部活動は前述の通り剣道部に入り、途中でテニス部に転部しました。

高校は岐阜県瑞浪市の中京高等学校です。

全日制・通信制と両方あり、様々なコースがあったりeスポーツを取り入れたりしており、選択肢が充実しているようです。部活動はバトミントンをしていました。

結構色々なスポーツに挑戦しておりますね。

大学の情報は公表されておりませんが、写真を見た感じでは東京農業大学部のラクロス部に所属していた可能性があります。しかしながら、正式に公表された情報ではありませんので、信憑性は微妙です。

ただ、前述の通り、23歳に就職ということを考えると大学にはほぼ間違いなく進学していると推定します。

 

工藤俊介のパラテコンドーの実力は?

工藤俊介のテコンドーの実力を見てみましょう。

前述の通り、世界ランキング8位で、直近の国際大会で入賞するなど、世界でトップクラスの選手の一人です。

工藤選手は180cmという比較的高身長を生かした前足の蹴りです。

簡単に相手に間合いを入ることを許さず、こちらから前足の華麗な足技で相手を翻弄する戦法を得意としております。

現在も前足の技術に磨きをかけているようです。

パラテコンドーを始めて、自分の負けず嫌いな新たな一面を知り、試合で負けてしまった時は、泣いてしまうこともあるほど、悔しさをとても感じるそうです。

かなりの負けず嫌いなので、その悔しさをバネに猛練習をしているのでしょうね。この負けず嫌いが工藤選手の強さに繋がっているのかもしれません。

 

終わりに

工藤俊介選手は突然左腕を失う不運に見舞われ、一時は失意のどん底にありましたが、その事実を受け入れ、新たなパラテコンドーという世界にチャレンジし、今や世界でトップクラスの選手となりました。

ご家族や企業の方など多くの方のサポートのおかげでもあると思いますが、自らの努力で道を切り開いていった工藤選手が誰よりも素晴らしいと思います。

工藤俊介選手のように前向きに生きる姿は多くの方に勇気を与えていることでしょうね。

東京オリンピックはどうなるか分かりませんが、どのような結果になろうとも工藤俊介選手を応援したいですね!

以上、調査結果でした。

 

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