パラリンピック

廣瀬順子のwikiプロフィールと経歴│結婚の夫旦那や視力や家族や学歴についても

日本の国技とも言われる柔道ですが、オリンピックはもちろん、パラリンピックでも日本は強豪国です。

その中で、粘り強い柔道により2016年のリオオリンピックで銅メダル獲得し、2020年の東京オリンピックにも出場が内定している、期待の選手がいます。

廣瀬順子(ひろせじゅんこ)選手です。

今回は廣瀬順子(ひろせじゅんこ)選手のプロフィールと経歴、結婚(夫,旦那)や子供、家族、さらに学歴やパラ柔道の実力について紹介します。

廣瀬順子のwiki風プロフィールと経歴

まずは廣瀬順子選手のプロフィールと経歴を見ていきましょう。

  • 名前:廣瀬順子(ひろせじゅんこ)
  • 生年月日:1990年10月12日
  • 年齢:30歳(2020年11月現在)
  • 身長:158㎝
  • 血液型:調査中
  • 出身地:山口県山口市
  • 最終学歴:花園大学
  • 競技:柔道
  • クラス:B2(視覚障害)
  • 階級:57㎏級
  • 所属:伊藤忠丸紅鉄鋼

 

廣瀬順子選手は今でこそ視覚障害を持ちますが、19歳までは健常者(障害がない方)でした。

小学5年生の時に柔道始め、高校の時にはインターハイに出場するなど、好成績を収めております。

遊ぶのを我慢して、柔道の練習に取り組んでいたところなどから、高校卒業の時点で柔道はやり切ったという思いがあり、大学では他のことをしたいと考え、柔道から一時退くこととなります。

楽しい大学生活が待っていると思った矢先、大学生の時に膠原病(成人スティル病)を患い、視力の大半が失われてしまいました。

突然視力を失うケースになりますので、かなりショックが大きく、気持ちの整理に時間がかかりそうと考えますが、廣瀬順子選手は早くから現実を受け入れ、前向きに人生と向き合いました。

このポジティブな考え方は廣瀬順子選手の素晴らしさの1つだと考えます。

せっかく車の運転免許を取ったのに運転ができなくなり、アルバイトもできず、学校の授業の黒板も見えなくなるなど、多くのことをあきらめなければならず、つらいこともいっぱいあったようです。

そんな中でも、授業の時には自分で文字の拡大コピーなどを持って行って工夫もしましたが、お友達がサポートしてくれたので、大変ながらも授業にはついて行けたようです。

生活は不自由になりましたが、それでも大学生の時が一番楽しかったようです。

お友達に恵まれたのが大きかったのではないかと想像しております。

廣瀬順子選手の人柄がよかったので、人が集まってきたのかもしれませんね。

視覚障害になってからは多くのことをあきらめることになりましたが、その中で全力で取り組める競技として、視覚障碍者柔道を志すようになります。

一度競技を離れていたことから、最初の練習は本当に苦しく、ついて行くのに必死だったようです。

そんな中でも柔道が頑張れたのはサポートしてくれる方への責任というのも大きかったみたいですね。

しかし、それもでやがて柔道の楽しさも感じるようになったようです。

続けていると分かってくるものというのがあるのかもしれませんね。

大学卒業後は柔道としての競技者と一般社員で迷ったようですが、柔道の合同合宿での練習で「やはり柔道は楽しい」と思ったことが決め手で、柔道競技者の道を選びます。

その後は着実に実力を伸ばしていき、粘り強い柔道により世界のトップ選手の仲間入りを果たしました。

本人も話しておりますが、天才的な才能があるタイプではなく、とにかく努力で着実に実力を伸ばしていったタイプです。

 

廣瀬順子の結婚の夫(旦那)や子供について

廣瀬順子選手が結婚しているのか気になりますよね。

実は廣瀬選手は結婚しています。

しかも同じパラ柔道の選手で、廣瀬悠(ひろせはるか)選手です。

ちなみに廣瀬悠選手もパラリンピック柔道に日本代表内定選手です。

廣瀬悠選手は廣瀬順子のコーチでもあります。

廣瀬悠選手のプロフィール

  • 名前:廣瀬悠(ひろせはるか)
  • 生年月日:1979年7月17日
  • 年齢:41歳(2020年11月現在)
  • 出生地:愛知県松山市
  • 所属:伊藤忠丸紅鉄鋼

 

2人は2015年に結婚します。しかも順子選手の方からプロポーズです!

珍しいパターンですね。

同じ視覚障害者柔道の廣瀬悠選手と国際大会で知り合い、山口県と愛知県という遠距離恋愛をしていた2人は、廣瀬順子選手がどうしたら一緒に居られるか考えた時に、自分が愛知に行く!と廣瀬悠選手にプロポーズしたそうです。

初めは障害者同士の結婚は…と廣瀬順子選手のプロポーズを断っていた廣瀬悠選手ですが、LINEで送られてくる2人の写真を見て、幸せそうな廣瀬順子選手を見て考え直したそうでプロポーズを快諾します。

さらに廣瀬順子選手のお母さんに年齢が離れていることで反対されたそうですが、廣瀬順子選手がお母さんを説得し、2人は結婚します。

廣瀬順子選手の中では廣瀬悠選手の存在は別格で、心に決めている方だったので、周りの説得はそれほど難しくなかったでしょう。

ちなみに廣瀬順子選手は廣瀬悠選手の外見が特に好みということではなく、外見的にはジャニーズ系が好きで例えばKinki Kidsやキンプリが好きなようです。

普通の女子ですね。

廣瀬悠選手には外見以上に人として惹かれる要素が大きかったということですね。

結婚した後は2人はとても仲のいい夫婦で、何をするのも一緒みたいです。

結婚生活の中で、2人は特に会話をとても大事にしているようです。

視覚に障害があると相手の表情や考え方がわからない時があるからこそ、言葉にしてコミュニケーションを大事にしているみたいです。

夫婦円満の秘訣というのがここになるかもしれませんね。

忙しいという理由で夫婦の会話する時間をあまり取れていない方は参考になるかもしれません。

一方、廣瀬夫妻に子どもはいるのかですが、今のところ公表されておりません。

現在はパラリンピックに向けて頑張っている最中なので、まだなのかもしれませんね。

 

廣瀬順子の視力は?

視覚障害者としてパラ柔道の選手である廣瀬順子選手の視力はどうなんでしょうか。

現在の廣瀬選手の視力は0.08だそうです。全く見えないというより視力がかけている為、真っ直ぐだと見えないらしく、見えても顔があるなーという程度だという事です。

廣瀬選手の目が見えなくなったのは、生まれながらではなく前述の通り、大学1年生の時に膠原病を患ったことが原因でした。それでも見えなくなっても落ち込むよりも元気になって良かった!と思えたみたいです。

見えなくなったことで困ることもたくさんあったみたいです。アルバイトが出来なくなったり、車が運転できなくなったり…それでも廣瀬選手は柔道に復帰します。

廣瀬順子の家族(父親,母親,兄弟姉妹)

廣瀬順子選手の家族はどうなんでしょうか。

廣瀬選手の両親や兄弟姉妹関係は、調査中です。調べていますが、なかなか出てきません。ご家族が一般人なのでなかなか、情報がありません。

ただ、廣瀬順子選手は取材の中でオリンピックに向けて次のようなコメントをしておりました。

「支えてくれた職場の人や友人、家族に恩返ししたい」

出典:女性自身

ご家族のサポートも大きかったことが伺えますね。

東京パラリンピックの時にご家族が応援に来たりして、廣瀬選手の家族がインタビューされることもあるかもしれませんね。

 

廣瀬順子の学歴(出身中学,高校,大学)

廣瀬順子選手の学歴を見てみましょう。

出身中学は、「小郡中学」です。

 

出身高校は「西京高校」です。西京高校時代に柔道でインターハイ出場を果たします。

 

大学は広島国際大学に進学しますが、前述の通り、1回生で視力を失ったことから、自身で広島国際大学で学業を積むのは厳しいと判断しました。

そんな中、リハビリセンターの職員の方が京都の花園大学の卒業生で、在学中に目の不自由な方も通っていて、今でも支援してくれる学校ではないかとアドバイスをもらい、もう一度受験勉強をして花園大学に入学しました。

山口県出身なのになぜ花園大学なのだろう?と思っていた方もいらっしゃると思いますが、そういった経緯があります。

廣瀬順子選手にとって大学が一番楽しい時期だったようですが、花園大学の教育体制の素晴らしさも大きかったのでしょうね。

 

廣瀬順子のパラ柔道の実力は?

廣瀬順子選手のパラ柔道の実力を見てみましょう。

世界ランキングは3位です。(2020年6月時点)

世界でトップクラスの実力で、安定して好成績を収めているということですね。

戦績についても素晴らしく、リオパラリンピックで銅メダル獲得を始め、近年の世界大会でも好成績をマークしております。

主な戦歴
  • 2014年:2014年アジアパラ競技大会 2位
  • 2015年:IBSAワールドカップ 5位
  • 2015年:IBSAワールドゲームズ 5位
  • 2016年:リオデジャネイロパラリンピック 3位
  • 2017年:IBSAワールドカップ 5位
  • 2017年:第32回全日本視覚障害者柔道大会 1位
  • 2019年IBSA柔道グランプリ タシュケント大会 3位

廣瀬夫婦では廣瀬順子選手の方が世界的な実力者で、メダルに近い存在という理由で、夫でありコーチもある廣瀬悠さんはご自身の練習よりも廣瀬順子選手の練習を優先される事もあるみたいです。

自分ももちろん勝ちたいと考えていると思いますが、廣瀬順子選手がそれだけ期待の大きい選手であるというところと、どうしても勝ってほしいという気持ちがあるのでしょうね。

もちろん、廣瀬悠選手もリオパラピックからの連続出場の実力者で東京オリンピックでの活躍が期待される選手です。

夫婦でのご活躍が期待されますね!

 

終わりに

廣瀬順子選手はずっと柔道をやってきたわけではなく、その時々で柔軟に自分のやりたいことを決めてきて、打ち込んできた方という印象です。

高校までは柔道に全力に打ち込みましたが、卒業後は柔道から離れて、別の新しいことをチャレンジしようと思っていたところからも伺えますね。

しかしながら視覚障害になったことにより、結果的に全力で打ち込める柔道に復帰することになりました。

柔道も最初から楽しいわけではなく、続けている内に楽しさが分かってきて、結果もついてきて、柔道がきっかけで素敵な旦那さんにも巡り合えました。

どれが正しい選択というのは分かりませんが、その時々を全力で打ち込み、自分のやるべきを粘り強く続けてきたことが、今の廣瀬順子さんに繋がっているのでしょう。

一方で、廣瀬順子さんは大学で目が不自由になっても大学生をとてもエンジョイしていたというのがとても印象的でした。

これは1つは大学の体制が素晴らしいというのと、良いお友達に恵まれたということでしょうね。

それも廣瀬順子さんの人柄の良さというものとても大きいように感じます。

廣瀬順子さんの人生は決して平坦なものではなかったと思いますが、今はとても充実した人生を歩んでいると思います。

そんな中、次の東京オリンピックは廣瀬順子さんにとって、人生の中でもビッグイベントの1つと言えるでしょう。

廣瀬順子選手は前述の通り世界でもトップクラスの実力者の一人であり、リオ五輪に続いてメダル獲得が期待されます。

是非頑張って欲しいですね!

 

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