卓球

丹羽孝希の弟や姉は?父親や母親や嫁妻や学歴や戦績などプロフィールについて!

東京オリンピックの卓球男子代表に内定をした、「丹羽孝希(にわこうき)」選手。

今回は「丹羽孝希」選手にスポットを当てたいと思います。

「丹羽孝希」選手の父親・母親・姉・弟などの家族構成、嫁妻の存在、それに加えプレーの特徴戦績、更に経歴などのプロフィールをご紹介します。

丹羽孝希の家族(弟,姉,父親,母親)は?

「丹羽孝希」選手の父親・母親・姉・弟などの家族構成をご紹介します。

 

父親は丹羽孝司さんです。

お父様も卓球経験者で、現役の時は実業団で全国大会にも出場していました。

 

母親は丹羽美加さんです。

父・孝司さんの2歳年下だそうです。

 

お姉さんは丹羽美里選手です。

丹羽孝希選手と同じ卓球選手で、高校時代はインターハイ(シングルス)で2年連続ベスト4入りをし、大学時代は全日本大学総合選手権大会で3連覇を果たしています。

現在は広島日野自動車に所属をし、実業団リーグにて活躍をされています。

 

弟さんは丹羽孝太さんです。

卓球をしているかは公表されていませんが、お姉さんとお兄さんが卓球をしていれば、経験者かもしれませんね。

 

 

丹羽孝希の嫁妻は?

「丹羽孝希」選手の嫁妻をご紹介します。

 

丹羽孝希選手は2020年10月1日に5年間交際した一般女性と結婚しました。

一般女性ということで、氏名と年齢は控えるようです。

5年間交際ということは明治大学に通っている時から交際しているということですので、同じ大学の方かもしれませんね。

丹羽孝希選手はここ5年間で色々な大会に出場して好成績を収めております。

練習も非常に忙しかったことでしょう。

そういった中で結婚まで行きつくということなので、お互いのことをよく理解し合っていることでしょう。

丹羽孝希選手のパフォーマンスを彼女が支えていたのかもしれませんね。

 

 

丹羽孝希のプレーの特徴は?

「丹羽孝希」選手のプレーの特徴をご紹介します。

 

丹羽孝希選手の持ち味といえば、卓球台に前陣で張り付いての速攻です。

例え相手選手に先手を取られたとしても、積極的に振り切った両ハンドのカウンタープレーが特徴です。

そして、開いてのドライブ回転を見切って、バウンド直後には手首で強烈な回転をかける技「カットブロック」など独創的なプレーもします。

無回転バックサーブも時折行い、各メディアでは「天才」と丹羽孝希選手の事を呼びます。

 

 

丹羽孝希の戦績は?

「丹羽孝希」選手の戦績をご紹介します。

 

主な戦績

2004年 準優勝 全日本卓球選手権大会カブの部

2006年 優勝  全日本卓球選手権大会ホープスの部

2007年 優勝  全日本卓球選手権大会カデットの部(ダブルス)

2008年 優勝  全日本卓球選手権大会カデットの部(ダブルス)

2009年 優勝  第61回東京選手権大会(シングルス)

2010年 優勝  第16回アジアジュニア卓球選手権(ジュニアダブルス)

2010年 優勝  第1回ユース五輪夏季大会(シングルス・混合団体)

2011年 優勝  全日本卓球選手権大会(シングルス・ダブルス)

2011年 優勝  アジア卓球選手権大会代表選考会

2012年 優勝  全日本卓球選手権大会ジュニア男子

2012年 優勝  ITTFワールドツアーポーランドオープン(ダブルス)

2013年 優勝  第80回全日本大学総合選手権

2014年 優勝  ITTFワールドツアーロシアオープン(シングルス)

2015年 優勝  第20回ジャパントップ12卓球大会

2016年 優勝  第83回全日本大学総合選手権(シングルス・ダブルス)

2016年 優勝  第13回全日本学生選抜卓球選手権大会

2017年 優勝  全日本卓球選手権大会

2017年 準優勝 ITTFワールドツアージャパンオープン(ダブルス)

2018年 優勝  全日本社会人卓球選手権(シングルス)

2019年 優勝  全日本社会人卓球選手権(シングルス)

世界ランキングは、現在10位で過去に最高5位です。

卓球の段級位は7段です。

 

 

丹羽孝希のプロフィールと経歴

「丹羽孝希」選手の経歴などのプロフィールをご紹介します。

 

名前 丹羽孝希(にわこうき)

愛称 コキニワ

生年月日 1994年10月10日

年齢 25歳(2020年8月現在)

出身地 北海道苫小牧市

身長 162㎝

体重 51㎏

血液型 O型

性格は、どちらかというと目立ちたくないそうで、控えめな選手のようです。

 

父親の影響で7歳の頃から卓球を始め、父と元実業団選手である西村一行さんから指導を受けていました。

当時は苫小牧市のファイナルウインという卓球チームに所属をしており、小学校低学年の時から全国大会にも出場をするようになりました。

11歳の時にはU-18日本代表に選出されました。

 

青森山田中学高等学校に進学後は、横浜市で開催の第50回世界卓球選手権個人戦で、日本男子の史上最年少で代表に選出されています。

2回戦で敗退するも、2ゲームを取り大健闘の試合でした。

 

2012年4月のロンドンオリンピックアジア予選で、世界ランキング1位の馬龍選手を破る快挙を得て、初となるオリンピック代表入りを果たしました。

2014年にはレギュラーシーズン20勝4敗という好成績を残し、リーグ最高勝率を誇っています。

2016年のリオデジャネイロオリンピックにも出場をし、準々決勝に進出をするも惜しくも敗れてしまっています。

団体戦では決勝で中国に敗れるも、日本男子初である銀メダルを獲得しました。

 

2017年4月、明治大学卒業後はスヴェンソン所属に所属をしており、2019年のセカンドシーズンに、木下マイスター東京に移籍をしました。

2020年6月にTリーグのチームが岡山リベッツに移籍をし、同年8月にスヴェンソンホールディングスと所属契約更新が決定しました。

 

 

終わりに

2021年7月の東京オリンピックでは、男子シングルスと団体に出場をします。

今回で3回目のオリンピック出場です。

活躍が楽しみですね!

 

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