卓球

平野美宇の家族や学歴は?彼氏や戦績などプロフィールについて!

東京オリンピックの卓球女子代表に内定をした、「平野美宇(ひらのみう)」選手。

数々の大会でメダル獲得に貢献をしてきた選手です。

そこで今回は、「平野美宇」選手にスポットを当てたいと思います。

「平野美宇」選手のプレースタイル戦績家族構成学歴、それに加え彼氏の存在、更に経歴などのプロフィールをご紹介します。

平野美宇のプレースタイルは?

「平野美宇」選手のプレースタイルをご紹介します。

 

平野美宇選手は、右シェークドライブ型で、攻撃的な強打で早い卓球をできる事が強みです。

以前は、安定したラリー型をプレースタイルとしていましたが、2016年のリオデジャネイロオリンピック代表選考を落選した事により、守ってばかりの卓球ではだめだと、格上の選手に勝つ為にプレースタイルを変更しています。

体幹トレーニングや下半身のウェイトトレーニングを増やして、打点の速い高速のプレースタイルに変化しました。

 

 

平野美宇の戦績は?

「平野美宇」選手の戦績をご紹介します。

 

主な戦績

2007年 優勝  全日本卓球選手権大会バンビの部(シングルス)

2008年 準優勝 全日本卓球選手権大会カブの部(シングルス)

2009年 優勝  全日本卓球選手権大会カブの部(シングルス)

2010年 3位入賞 全日本卓球選手権大会ホープスの部(シングルス)

2011年 優勝  東アジアホープス卓球選手権(団体・シングルス)

2012年 優勝  東アジアホープス卓球選手権(団体)

2012年 準優勝 東アジアホープス卓球選手権(シングルス)

2012年 準優勝 アジアカデット卓球選手権(団体)

2013年 準優勝 世界ジュに選手権(団体)

2013年 準優勝 アジアカデット卓球選手権(団体)

2013年 3位入賞 アジアカデット卓球選手権(シングルス)

2014年 優勝  ワールドツアーグランドファイナル(ダブルス)

2014年 準優勝 アジア大会卓球競技(団体)

2014年 優勝  アジアカデット卓球選手権(団体)

2014年 準優勝 世界ジュニア選手権(ダブルス・団体)

2014年 3位入賞 アジアカデット卓球選手権(シングルス)

2015年 準優勝 アジア選手権(ダブルス・団体)

2015年 準優勝 ワールドツアーグランドファイナル(ダブルス)

2016年 優勝  ワールドカップ(シングルス)

2016年 優勝  世界ジュニア選手権(団体)

2016年 準優勝 アジアジュニア卓球選手権(団体)

2016年 3位入賞 ワールドツアーグランドファイナル(シングルス)

2017年 優勝  アジア選手権(シングルス)

2017年 準優勝 アジア選手権(団体)

2017年 3位入賞 世界卓球選手権(団体)

2018年 準優勝 世界卓球選手権(団体)

2018年 準優勝 ワールドカップ(団体)

2019年 準優勝 アジア選手権(団体)

2019年 3位入賞 アジア選手権(ダブルス)

リオデジャネイロオリンピックや世界選手権での落選で挫折をするものの、その後はシングルスで最年少優勝を飾るなど、挫折をバネに数々の大会で成績を収めています。

2017年のアジア選手権では日本人選手として、21年ぶりの優勝を飾り、世界選手権では日本人として、48年ぶりのメダルを獲得されています。

 

 

平野美宇の家族は?

「平野美宇」選手のご家族をご紹介します。

 

ご両親は卓球の経験者で、元筑波大学の卓球部主将を務めていたそうです。

父親の光正さんは、現在山梨大付属病院で内科医をされており、現役時代は、全日本選手権の2回戦に進出をした事のある方です。

筑波大学卒業後は、宮崎居医科大学に再入学をし、医師免許を取得されたそです。

 

母親の真理子さんは元教師で、全国教職員卓球大会でベスト8の成績を残されているそうです。

現在は、卓球教室「平野英才教育研究センター卓球部」を経営されており、平野美宇選手の卓球の技術だけでなく、メンタル面も鍛えてきたそうです。

 

姉妹は妹2人がおり、次女の世和(せわ)選手と、三女の亜子(あこ)選手も卓球選手として活躍されています。

世和選手は、2歳の時から卓球を始めていたそうです。

 

亜子選手は、ホープス日本代表にも選出され、2016年東アジアホープス卓球選手権に出場をされています。

母・真理子さんの出版した本で、亜子選手は発達障害であると告白されています。

しかし、そんな亜子選手も自ら「卓球をしたい」と志願されたそうで、小学生の時には日本代表として海外に派遣されるほど、練習に励んでいたそうです。

 

祖父の平野光昭さんは、山梨大学の名誉教授をされており、山梨医科大学の卓球部顧問もされていたそうですよ。

 

 

平野美宇の学歴は?

「平野美宇」選手の学歴をご紹介します。

 

出身小学校は、中央市立「田富北小学校」です。

 

出身中学校は、北区立「稲付中学校」です。

 

出身高校は、「大原学園高等学校」です。

高校卒業後は、高校2年生の時より所属をしていた、「日本生命レッドエルフ」に所属をし卓球に集中しています。

 

 

平野美宇の彼氏は?

「平野美宇」選手の彼氏の存在をご紹介します。

 

年頃の女の子である平野美宇選手ですが、現在彼氏はいないようです。

東京オリンピックに向けて、そんな暇はないのかもしれませんね。

 

ちなみに好きな芸能人は、Hei!Say!JUMPの伊野尾慧さんだそうです。

 

 

平野美宇のプロフィールと経歴

「平野美宇」選手の経歴などのプロフィールをご紹介します。

 

名前 平野美宇(ひらのみう)

生年月日 2000年4月14日

年齢 20歳(2020年8月現在)

出身地 静岡県沼津市生まれ(山梨県中央市出身)

身長 158㎝

体重 45㎏

「美宇」という名前は、ご両親がスペースシャトル・エンデバーの打ち上げが成功した事に感動をし、「美しい宇宙」から命名されたそうです。

静岡県沼津市に生まれ、2歳の頃に山梨県中巨魔郡田富町(現在の山梨県中央市)に越しました。

その頃は週に1度英会話教室に通っており、母が指導を行う「平野英哉教育研究センター卓球研究部」で3歳5か月の頃より卓球を始めます。

祖父の自宅の2階には卓球台も置き、休みの日も腕を磨いていたそうです。

 

2004年4月の4歳の時には旧田富町ラージボール卓球大会で、大会デビューを果たし、7月の全日本卓球選手権大会バンビの部に史上最年少で出場を果たしました。

幼い頃から頭角を現し卓球もうまく、負けて悔しいと泣いていたので、メディアからは「第2の愛ちゃん」とも呼ばれていました。

 

2007年の小学校入学後は、西村卓二元日本代表監督の指導する、東京富士大学卓球部に年数回練習に励み、7月のバンビの部では福原愛元選手以来、史上2人目となる最年少優勝を飾りました。

2009年1月のジュニアの部では、福原愛元選手の最年少出場と勝利記録を更新し、ホープス日本代表合宿に最年少にて収集されました。

同年3月には東京選手権で大会最年少勝利記録を更新しています。

 

2009年4月にはミキハウスJSCに所属をし、親元を離れ練習に励み、同年7月のカブの部では優勝を果たしています。

2010年1月の全日本選手権では4種目フルエントリーをし、最年少記録を打ち立てています。

2011年1月の全日本選手権一般シングルスでは、福原愛元選手の最年少勝利記録を11大会ぶりに更新をしています。

 

2013年からは伊藤美誠選手と「みうみま」として女子ダブルスで活躍をしています。

2014年3月のワールドツアードイツオープンでは女子ダブルスで優勝をし、2人の合計年齢が史上最年少記録としてギネス世界記録にも認定されています。

2016年のリオデジャネイロオリンピックでは、当時の世界ランキングが17位で、日本人女子4位だった為に、リオデジャネイロオリンピックの代表から落選をしてしまいました。

 

2020年1月現在、世界ランキングが11位、日本人3位となった為、東京オリンピックの代表に内定をしました。

 

 

終わりに

今回は、平野美宇選手についてご紹介しました。

女子卓球黄金世代の1人である平野美宇選手です。

これまでの悔しさをバネに、東京オリンピックで活躍してもらいたいですね!

 

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